永岡武人(1984〜)の北京(2010〜)→成都(2014〜)での建築設計事務所勤務生活雑記
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ボランティア参加の報告2

前回に続いて
3.その後のぼく

です。

と書いてみたものの、結局なにかはっとするようなことは書けないので、
これからのぼくが考える・やること。にします。

ここに書くものは、あくまでも6月4日−6日に宮城県に実際に行ったぼくが書くものですが
できればそれを、「ぼくや彼ら」ではなく、「ぼくたち」という感覚で少しでも見てもらえるよう、
今後の更新で具体性を持ったものにしていきたいと思います。



まず当日書いたメモを書いてみます。
[ぼくのメモ]
・40年に一度の大地震、200年に一度の大津波
・行政や各種団体の(活動の)枠
・震災パラダイス
・波の高さではなく圧倒的物量のある水
(30mと言う高さは日常的スケールを伴わせる)
・海との距離、海から8km先まで海が押し寄せた
・生業
・倫理観を基準にはできない
・近代都市計画
・建築家の提言範囲、得意分野
・フェーズ毎に必要な提言
・復興の準備、テンションを下げずに提案していく


既出になりますが、ぼくの今のモチベーションは、
これから復興に向けていくつかの段階があって、その都度必要なことは異なる。
それに対して、自分がどう関心を持ち、どうやって被災地が前に進む担い手になれるか。

地球に住む人類がそうであるように、リスクを軽減するために、被害を分散するために、バラバラに住むのがよいのか。
その最少数や形はどのようなものなのか。
といった極端な話も一考する必要があるくらい大きなことが起きたと思います。

建築の(広義の)安全性の問題が建築単体に焦点を当てているだけでは満たされないことが露呈した今回の地震です。
建築計画だけでなく国土計画にかかわる問題だと思います。

3月11日の震災直後から建築家の坂茂さんは動き出したと聞きます。
アートディレクターの森本千絵さんはツイッターですぐさまアクションを起こしていました。

建築にかかわるたくさんの人も色々なアクションを起こしています。
被災地に入り、その後の提案につなげる人もいるでしょう。
被災地に入り、その後もそこにとどまり活動を続ける人もいます。

メディアで流れてくるものしかぼくにはなかなか届きませんが、
本当に色々なことがされていると思います。

これまで具体的に関係をもてなかったぼくは、既に、という言葉をすぐ使ってしまいますが、
まだまだ途方に暮れている状況もあります。

震災から108日が過ぎた今日ですが、あと何日。という未来に対して具体的な数字は有効ではないでしょう。
それでも前に進むための担い手になるため、これから生活の中で考えていきます。


気をはった感じなっていますが、あまり考え込むのは苦手なぼくの性分はお許しくださいまし。

ボランティア参加の報告2(の前に)
 3.その後のぼく

の前に書いておきたいことがあったのでそれだけ先にアップしておきます。

ボランティアにわずかながら参加して、現地を直接見たぼくに限らず、おそらくネットの情報からでも多くの人がわかっているかもしれないけど、改めて書いておきたいのは

復興案を提出して実行するまでには準備期間が相当必要です。
ボランティア参加中に参加者から年内は同じような作業が続くのではないか?
という話を聞きました。
そういう物量です。
相当な人力が必要です。

のんびりいこうや。とはいきませんが
その必要な準備期間にやれることは、何も準備が整った後のことばかりではないでしょうから
各段階ごとにやれること考えられることを。と思います。

じゃあ今はなんなの?を「3.その後のぼく」で書けるようにします。
ボランティア参加の報告(*追記あり)

前回の投稿からまた時間があきましたが、考え事をしていたわけではなくただ書きそびれていただけです。

それでは、前回の東北に行く決意の後を記します。

少し長くなると思いますので、

1.ボランティアの情報
2.ボランティアに参加した報告
3.その後のぼく

と言った構成で書いてみます。
(青文字にはリンクが貼ってあります)


1.ボランティアの情報

ぼくが全く情報収集せずにいきなり東京に行き、その日の仙台行きの夜行バスに乗るまでに何をするかを決めたので、少しでも情報を纏めておきたいと思ったためです。
とはいえ、大変な労力と時間を割きたくはないので、それなりの情報です。
それでもぼくの身近な人がそれを読んで少しでも参考にしてもらえればと思います。

[ボランティアへの参加の仕方]
各地にあるボランティアセンターで受付を行います。
これまでに延べ36万人強の方が参加されているようです。
個人ボランティア(泥だしや片付けなど)や専門ボランティア(医療や介護ボランティアなど)があります。
また、JTB近畿日本ツーリストが主催しているボランティアバスツアーというのもあるそうです。
金額は1泊3日で約2万円のものや約3万円くらいのものもあるみたいです。
サトナオさんが参加されていたのもこれ。(というか発案者なのかな?)
ちなみにぼくは個人で夜行バスで直接向かい、翌日の朝、石巻市災害ボランティアセンターに行きました。
東京から車で来られている方も結構おられました。
というのも、事前に登録をしておけば、高速代が無料になるようです
また石巻市災害ボランティアセンターではテントを張るスペースがあったり、
こういった活動をされている方もいらっしゃいます。(以前徳島県の神山で同じ部屋に泊まった人。)
サトナオさんはこういった活動もされているようです。
助け合いジャパン

[ボランティアセンター(VC)]
ボランティアの受け入れをしているボランティアセンターを運営しているのは、主には行政です。
社会福祉協議会などから派遣されてきた方々がボランティアの受付、手配などを行っているようでした。
詳細な流れはわからないけど、センターにボランティアを必要とする人が要請を出し、それに対応して作業の割り振りなどを行っています。
ぼくが行ったときは徳島から来られた方が受付を行っていました。

[個人ボランティアを受け入れ中のボランティアセンター]
岩手県、宮城県、福島県などの各地域で募集をしているようです。
詳しくはこちらを。
http://www.tvac.or.jp/di/20960.html

まずはネットで調べて、わからなければ直接問い合わせると答えてくれましたので、それでいいと思います。

[ボランティアな格好]
ボランティアに必要な道具などのほとんどはボランティアセンターで借りられます。
カッパは安いものでいいので持っていきましょう。(匂いのすごい泥が服につくのを想像してみてください。ぼくは上下合わせて1000円のものを持参しました。)
事前に準備して行くにこしたことはないですが、荷物もかさばるので、ぼくは知っていれば現地で借りたかったです。
マスクなどの消耗品は現地でもらうといいと思います。(臭いや粉塵を防ぐ特別な仕様のものなので)
作業終了後に長靴などは洗うことができるので別にいいんですが、北京まで持って帰るのは正直辛かったです。

[ボランティア保険]
まあ、怪我をしたときの保障です。釘なんかが落ちてたり、重いものを運んだりしますからね。
ぼくが行った石巻市災害ボランティアセンターでは当日無料で登録ができました。
これも予め現在住んでいる各自治体で登録をするに越したことはないと思います。


2.ボランティアに参加した報告

[日程]
6/3(金)北京→東京(飛行機)
    東京→仙台(夜行バス)
6/4(土)後輩の案内で車で視察
    仙台→塩釜→東松島→石巻→渡波→雄勝→女川→名取
6/5(日)朝仙台→石巻(バス)
    8:30に石巻専修大学のキャンパス内に設置されたボラセンで受付。
    その後チームを組んで出発
    日中は石巻海の近くの町でボランティア床下と側溝の泥だし作業
    15:00頃ボラセン帰着
    仙台まで一緒に作業をした方に車で送って頂き仙台観光
    岡本さんは翌日から仕事のために帰京
6/6(月)前日と同様のながれ
   少し遅れて着いて、チームを組んで出発
   日中は前日とは違い住宅街のお宅の泥だし作業
   15時過ぎボラセン帰着。
   石巻→仙台(バス)
   体調と自分の残高が不安になり、もう一泊するつもりのところを変更し、東京へ
   仙台→東京(新幹線

(仙台発東京着のやまびこは5000円で乗車できましたが、今はもうないのかも。JR東日本のサイトで検索しても見当たらず。)

これにて今回のボランティア終了です。

[ボランティアの内容]


5日6日ともに家の中の土を撤去する作業でした。
朝センターで受付をして、経験者初参加者と混合でチームに配属され、必要な荷物(スコップなど)を車に載せて現場へ出発です。
5日のチームは7名だったかな。お一人はご実家が被災されお母様を津波で亡くされた千葉在住の方でした。東京や大阪(出身だったかも)からも来られていました。
6日のチームは10名くらいで、東京からは美容師さんと病院でがんの研究をしている人と、北海道、神奈川、仙台からと色々な所から来られていました。
沿岸部にある日本製紙の紙が流されて表面にはそれがはりついています。
生活排水などが混じったヘドロなので、匂いもあります。結構あります。冷蔵庫も中身そのままで空けるとうへーってなります。
でも、そういう状況を別にうへーって言うのは間違ってるみたいな空気はありません。当然臭いものは臭いですからね。
ぼくはお昼ごはんは仙台のコンビニでおむすびを買って持って行きました。カセットコンロを持ってきてお湯を沸かす強者もいました。
5日に作業をしたお宅ではすでにお隣で生活をされていて、お昼ご飯時には依頼主のおじいさんとおばあさんが漬物を出してくれました。うまかった。
(たぶん)孫もいて、休憩時には一緒にちょっと遊んだり。遊ばれたり。
作業が終わると、センターに戻って道具の掃除をして、作業の報告をして終わりです。

[感想]
-1.ボランティアは楽しい
いきなりこう書くと、えっ?って思われるかもしれませんが、
普段体を動かしていないぼくにはいい運動になりました。
かなり作業が大変な場所もあるでしょうが、それでも何かしら各々できる作業があるものです。
ガシガシ泥だしする人がいたら、それを袋に詰めていく人がいたり、作業がはかどるように整理をしていく人が必要なわけで、自分が行ってもなぁ。なんて思う必要はないです。そもそも自分が行ってもなぁと思ってる人は本当にいるのかどうか。
また、ボランティアには色々なところから参加しているので、作業しながらみんなと話をしながらコミュニケーションをとって仲良くなれます。
ボランティア合コンなんてものがあり得るのではないかとすら思えます。
現地で出会った人とまじめに作業をしながらも時には自然に冗談を言ったりして、じゃあ東京に帰ったら飲みにいきましょうね!
なんてのほんとにあると思います。
リピーターの人も結構いましたから、一度参加してみたら現状を理解できるし、ボランティアに参加するのにちょっと緊張していたハードルなんてなくなっちゃいますからね。

-2.人手不足
被災地と言っても状況は様々ですが、とにかく津波でやってきた土やヘドロを撤去しなくてはいけません。家の中には家具が散乱していてそれを片付ける必要もあります。
家の中の作業は人海戦術です。
ぜんぜん人が足りないです。

-3.倫理観よりまず行動
ぼくもそうでしたけど、色々なことを色々な人が言っていてそれに戸惑ったり、自分の状況に焦りを覚えたりもしますが
自分の中でなにかを整理してから行動する必要は別にないと思います。
現地で求められているのは助けてくれる人で、すばらしい倫理観をもった人たちである必要はないからです。

その日に作業が振られる場所によっては、打ち上げられた魚がお宅の中にいたり、それにうじがわいていたり、ハエがたかっていたり、異臭がすごかったり。
当然そういう状況はあります。
タノタイガさんのブログにも載っています。
タノさんは継続的にボランティア活動を行っていて、その活動報告ブログがまめに更新されているので、ボランティアの具体的活動がどういったものなのかがとても分かりやすいと思います。

以上のような感想ですが、楽しかったです!ばかりではないですが、
もう少しそういう雰囲気が一般的に知られていてもいいかなと思います。
被災者の中でも事情は様々で、倫理観を基準に判断したり、強要したりすることはできない今の状況で、考え込むばかりでなく楽しい感覚を少しでも持って行動できたらいいんじゃないかな。

写真は6日の作業で家の中で泥の中から見つかった手作りのベースボール日記。
石巻で外木場山本浩二衣笠カープVs若松八重樫ヤクルトに出会うとは!
(無断で掲載していますが、内容的に問題ないと勝手に判断しました)
こういう思い出を掘り探してるというのも感慨深いものがあります。
一緒に言った岡本さんもまた行こうと考えているみたいです。






次は、「3.その後のぼく」です。
改めて投稿しますので、少々お待ちを。

*追記
今回日本に帰れたのは、ぼくが所属しているUAAの代表の劉域さんの個人的支援によって実現しました。

*追記2
今回かかった諸経費 (北京からの飛行機代は除きます)
計 : 27,900円
東京→仙台夜行バス 5500円
仙台→東京新幹線 5000円
仙台←→石巻バス 4500円(片道1500円×3)
視察時のガソリン代 2400円(割り勘後)
長靴 2500円
カッパ上下 1000円
手袋 500円
ホテル 3500円(割り勘後)
カプセルホテル 3000円