永岡武人(1984〜)の北京(2010〜)→成都(2014〜)での建築設計事務所勤務生活雑記
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スリランカ旅行感想2
スリランカの旅感想の第2弾。前回はジェフリー・バワの建築について書いたけど、今回はスリランカ旅行に必要な情報など建築に限らず色々書きたい。 
スリランカという国について、民族や歴史、地震の被害等は重要なことだけど、今回は割愛する。詳しくは外務省サイト地球の歩き方ウィキペディアで。 


・インドの南の島で熱帯気候(雨期乾期がある)
・北海道の約0.8倍程の国土(南北に約440km、東西に約220km)
・人口は約2,000万人(北海道約550万人)
・通貨はスリランカルピー(Rs)
・民族は複数あるがシンハラ(約7割)、タミル(約2割)がほとんど。
・言語も同様複数だが、英語で会話できる。
・仏教国
・2009年まで内戦が続く
・2004年12月スマトラ島沖地震の被害が甚大(特に津波による海岸部)
ビザはネットで申請可能。空港に着いてからでも可能。

と言ったところが基本情報で、ぼくもこの程度の知識でスリランカに行った。
さて、実際のところを書いてみると、 

[移動編]


・道行く人は皆親切。道を聞けば目的地まで連れてってくれたり、丁寧に教えてくれる。
・ほとんど信号機がないので、横断歩道はタイミングで渡る。
・交通費がほとんどかからない。(数十円から2、3百円程度)
・ただしトゥクトゥクに乗ればかなり割高にかかる。でもしつこく誘っては来ない。結構みんないい感じ。
・鉄道はネットで時刻表を確認できるので事前にホテル等で調べて、当日列をつくって並んでチケットを買う。1stから3rdまであるけど、ぼくはずっと3rd。予約も出来る。ただし降車駅のアナウンスは流れないので、近くに座っている人に相談すれば、着いたら教えてくれる。もちろん駅には駅名が書かれた看板もあるけど、見つけにくいところもある。
・バスは適当にバスステーションに行って行き先を誰かに告げれば、そのバスまで誰かが連れてってくれる。乗車後車内でチケットを売りに来るので購入する。一応バスのフロントガラスに行き先が書いてあるけど、途中の停車地まではわからないのでやはり聞くのが良い。

[生活編]


・年中夏。Tシャツとズボン、サンダルで10日間過ごした。
・通り雨が頻繁に降る。
・観光地のホテルでも2人で1,500円程度であるし、バワのリゾートホテルも2人で10,000円もだせば泊まれる。ぼくはバワのホテルだけは事前にagodaで予約してから行った。
・今回泊まったホテル全てWi-Fiが利用できた。
・大衆食堂のようなところなら100円〜200円でカレーが食べられる。みんな手で食べてるけど、ぼくたちにはスプーンを出してくれた。 
・朝ご飯はカレーか、どこでも同じようなパン屋があるのでそこでパンが買える。
・ビール(アルコール類)が手に入りにくい!バーやリカーショップでしか扱っていなくて、レストランでもビールのないお店が結構あった。
・タバコが日本より高い。 

[文化編]


・仏教寺院等では靴を脱いで裸足ではいる。脱ぐタイミングは周りの人を見ていればわかる。脱いだ靴は預かり所もあるけどお金を跡から請求されるのでビニール袋等に入れて持って入ればいい。
・仏教寺院によっては飲酒直後だと入れない。 

ということで、予定を綿密にたてなくてもぶらぶら変更しながらの気ままな旅が出来る。ただし山間部(nuwaraya eliya等)は気温が5度以上低いので何かしら羽織るものが必要。写真参考。
それにしてもこう箇条書きにすると何とも楽しそうじゃなくて、これじゃあ参考にならないかな。。 いずれにせよ気楽に行ける距離だし、親切な人の多い国なので気軽に、でも異国に来た!感たっぷりの旅行が出来ること間違い無し。 

さて全体を通じて感じたのは、どこに行ってもほどほどの街で、観光に頼っている面もある一方で、農業がしっかり続けられていて、限られた国土の使い方として、スリランカのバランスはとても自然なように感じた。 街中も都市計画が、人々の生活方式が、など特別なものがある訳ではないのだけど、自然な感じ。 もちろん旅行で目にすることができるのは一部で、ネットでちょっと調べれば貧富の差、ゴミ問題など色々出てくる。それでも気候、国の大きさ、人柄など国としてのバランスは良いように思う。 次回は両親を連れて行ければいいかな。

これで一応ブログ記事としては終了。後はグーグルのマイマップの作成が出来れば公開する予定。


バワ建築の感想
10日間のスリランカ旅行の感想としてまず当初の最大の目的であったGeoffrey Bawa(ジェフリー・バワ)の建築について書いておく。
スリランカに数多くあるバワ建築の中で今回見たのは以下の7つ

[Bentota]
Bentota Beach Hotel(1968、ホテル)
Lunuganga(1948−98、バワの別荘)
Bentota Railway Station(1967、小さな駅)

[Dambulla]
Heritance Kandalama Hotel(1994、ホテル)

[Colombo]
Seema Malaka Temple(1979、仏教寺院)
Paradise Road the Gallery Cafe(バワの元事務所、現カフェ兼ショップ)

[Wadduwa]
Blue Water Hotel(1998、ホテル)

その中から3つの点で感想を書きたい。

1.宗教や生活などの背景と建築の関係


スリランカでは仏教が街の中でのみんなの生活・行動の中に強く見られる。とても親切でみんな楽しそうに生活をしている雰囲気が旅行者のぼくも楽しくさせる。
ホテルの周りの普通の住宅は粗末と言っていい程質素なつくりで塀もなく海に沿って建っている。一方でホテルは高い塀によって周り環境から隔離して内側に豊かな体験を作り出している。
バワにとっての環境とは自然環境であり、周囲の人たちとは無縁な建築を作り出している。確かに塀がないと観光客は安心できないだろう。関係があるとするとホテルまでの普通の街を通るアクセスと、ホテルで唯一周囲に開かれているビーチにやってくるココナッツやお土産物を売りにくる人たちに恩恵をもたらしていることくらい(それで十分かもしれないが)。
これはリゾートホテルというプログラムのジレンマだ。答えがあるわけではないけど、ぼくはスリランカの人たちを見ていてもう少し普通に絡みたいなという思いがあった。まあそれはホテルの役目じゃないか。自分で外に出れば良い。

2.設計の進め方


部分部分はシンプルなつくりのバワ設計のホテル。Heritance Kandalama Hotelは構造はいたって普通のラーメン構造。自然に対して細く薄く透明に存在感を消して行く方向とは違い、普通なつくり。Blue Water Hotelの大きなロビーの一部の床を高くして、低いところではそれを背後とし海に向かう構成作りなども普通のつくり方だと思う。
一方で全体は複雑な構成。感動を引き起こすためのシークエンス作り。さてどうやって設計しているのか。先に全体の構成を大方決めて部分を詰めて行くのだろうか。それともドラマチックな部分をつなげていくのか。その両方の行き来なのだろうけど、大学2年生の夏に友人と一緒にやったコンペで部分の集積によって住宅を設計したけど、どうも全体がないというか建築にならなかった、その記憶が思い出された。

3.材料や家具、パターン


多彩な材料を使用している。とてもセンス良いなぁの感。勉強になった。特に石の目地材にガラスを使っているのは初めてみたけど真似したいくらい。壁や天井に使われている木の寸法も色々あってセンス良いなと思う部分もあれば、ダサいなという部分も会った。インテリアにおいては時代の変化による感覚の相違か単なる失敗かは分からないが、一方で家具はどれも素晴らしかった。全てをバワが設計したわけではなく、アンティーク家具を選んでいたらしい。椅子の種類も豊富でどれもよかった。


まとめと言ってもいつも通り答えを出している訳ではなくて、注目点を述べたにすぎない。
つまりこれからまだまだ考えていくことができるとても有意義な旅だった。
後日スリランカについての感想を再度まとめたい。


北京帰国
朝7時20分発の飛行機に乗り12時半北京着。
地下鉄に乗り継ぎ家に到着後、掃除洗濯をし荷物を片付け、串を食べに出かける。
北京も快晴。それほど寒くないと言うか暖かい。国慶節休みに突入で交差点にはおなじみの花飾りみたいなのが見かけられる。
それにしても日焼けした。スリランカにいる時はそれほどでもないと相対的に思っていたけど(嘘)真っ黒。

ひとまず明日は朝もう一度洗濯して、新しく引っ越した事務所に行ってみる。
引っ越しの手伝いを出来なかったのでお礼を言わねば。

早いうちに旅行記のまとめと写真をアップしたい。


10日目 Wadduwa→Negombo→バンコク
朝6時起床。
朝食をとりにレストランへ降りるもまだ始まっていなかったので散歩をしながら写真を撮り色々な椅子のあるロビーで時間を待つ。



朝食をとりレセプションへ行くとどうやら予定の飛行機の乗るためには今すぐ出発しなければ行けないらしいことを教えてもらい早速チェックアウトし、大通りへ出たところでちょうどColombo行きのバスが来たので乗車。
40分程でColombo駅到着後、またもちょうど空港行きのバスが出るところだったので乗車し、空港へ。と思ったが1時間半かかって着いた終点は空港の近くでさらにそこから空港行きのバスに5分程乗って行かなければいけないらしい。と思ったらちょうどそのバスが出るところだったので結果なんなくフライト2時間前に空港到着。

なかなか厳しいチェックを受けながら、飛行機に搭乗しトランジット先のバンコクへ。


ただいまバンコク空港から書いているのだけど、この空港先が見えない程大きい。北京空港よりよっぽどでかい。レストランや免税店等も充実している。日本人が多いが中国人も多い。とてもうるさい。10時間のトランジットは辛い。
溜めていた3日分のブログを書いたので、3時間程寝よう。


9日目 Colombo→Wadduwa
朝5時半起床。
中国は2時間半早いので恋人のお母さんから連絡がありスリランカらしいマフラーが欲しいと。今いるColomboは年中暑いのでマフラーが売っていたとしてもそれは外国人向けだろうものを買うのがなんとなく納得できないが、それでも昨夜行ったDutch Hospitalへ行き物色。納得のものがなかったので、仕方ない。無理に買うのはよくない。

11時Colombo駅へ行きPinwatta行きの電車に乗る。バワが設計した最後のホテルBlue Water Hotelに泊まるため。この旅ではバワ設計のホテルには常に午前中にチェックインさせてもらえたので、連泊するお金の余裕はないがホテルではゆったりとした時間を過ごせた。
Bentotta Beach Hotelと同様高い塀を巡らし周囲から隔離した環境づくり。そのお陰で確かに穏やかな時間が流れているのだけど、これでいいのだろうかの自問もある。




バワの建築はモダニズムなのだけど、腰壁などの部分部分の要素の存在感が強く、どっしりとした自然との関係づくりに貢献しているように思う。そしてどこにもスプリンクラーは見当たらない。法規で義務づけられていないのだろうか。
ビーチは残念ながら波が強く泳げる状態になかったのでホテルのプールで泳いだりビールを飲んだりバトミントンをしたりスケッチをして過ごす。

夕食をとり、プールとビーチの見えるロビーでスケッチをし、部屋に戻りガラス張りのお風呂に入り就寝。


8日目 Colombo
朝7時起床。
Colomboのことについて全く調べてなかったのでネットで調べてから出かける。
まずはバワ設計の寺院Seema Malaka Templeへ。ちょうど結婚式をやっていてあまりじっくり見れなかった。結婚式の衣装は派手派手だった。



外から見た感じだと大きな屋根が印象的で期待したが、中へ入るとあまりプロポーションがよくない。また池の上に浮いたような建築で浄土を想像させる建築を目指したのかもしれないが、木の浮いたような構成を支える床下のコンクリートがアクセスで見えこれもうまくない。Anuradhapuraで見たmoon stoneと同様のものがここにも配置されていた。スリランカの至る所で見かけることが出来るのだけど、何を意味するのだろうか。

続いてバワの元事務所で今はparadise road the gallery cafeへ行き、ショップでシンハラ語の書かれたハンカチと可愛い色のポーチと変な蛙の置物を購入。外国人が漢字のTシャツを来ているのを見て変な気持ちになるのと同じようなことが書かれているのかな。


カフェで高いが美味しくもない食事をとり、次はバワ設計のホテル等で使われているファブリックのデザイナーBarbara Sansoniのお店barefootへ行くも、店員の対応が悪すぎて買う気をそがれる。可愛い柄のシャツなどあっただけにスリランカで唯一愛想の悪い人たちだった。

そこから更にぶらぶら市内を散策。海辺の広場へ行きビールを飲もうと探すもリカーショップが見つからず、変わりにパイナップルを買って食べる。外国人もスリランカ人も観光客が多い場所。昨日のこともあるので、置き引きに神経を尖らせ疲れた。

約束の時間が近づいたのでLake Houseへ行くと、昨日の新聞記者のオフィスへ招かれテレビでみんなとクリケットの試合を観戦する。スリランカvsニュージーランドの試合で最後に逆転勝ちして盛り上がっていた。
そこからのテレビドラマの記者会見への同席等不思議な展開は先日書いた
記者会見終了後、Dutch Hospitalという名前からして元病院だろう場所を改修したオシャレなスポットを案内してもらう。不思議な夜だった。ホテルに戻ってもスケッチを続ける。幾つか確認することがあるので明日メールを送る。
25時過ぎ就寝。


7日目 Anuradhapura→Colombo
朝6時半起床。
すぐにチェックアウトしてAnuradhapuraの遺跡群巡りへ出かける。
街の方へ行って自転車を借りて菩提樹から巡り始める。
自転車を借りる時にトゥクトゥクで案内するよ。それならチケット代と合わせて5000ルピーだよ。と言われたが、実際にはチケットなんて必要なかった。どこでもフリーで入ることが出来た。ご注意ください。



幾つかの仏教建築を裸足で見て回る。途中最も大きな白いストゥーパで人だかりが出来ていて係の人に聞いてみると「Our president」と教えてもらう。スリランカの大統領と出会った事実より「Our president」という言い方にぞくぞくっとする。同様に日本で外国人に聞かれて「ぼくたちの首相」なんて言わないだろう。

ストゥーパは大きいが形態からの興奮はない。歴史を知らないからだろう。
さらに自転車で北のエリアに行き、まだ白く塗られていないレンガが剥き出しのものなどを見る。帰り道で人気のないところでひったくりにあったのは先日書いた。ご注意ください。

巨大な遺跡群を大方見て回り時間になったところで16時発Colombo行きの電車に乗るため自転車を返し、リカーショップでビールを買い駅へ向かう。
予定の3時間を大幅に遅れて5時間かかってColombo駅に到着。
駅を出て適当に向こうの方が街っぽいかな。と言ってホテルを探しながら歩いてLake Houseという新聞社の入った建物へ間違って入ってから明日に続く不思議な展開も既に先日書いた

3000ルピーで予定より高かったけど素敵なホテルまで先の新聞社の人に案内してもらい、明日のディナーの約束をして別れる。
24時過ぎ就寝。


8日目 Colomboで仕事?
一昨日Anuradhapuraから電車で移動しColomboに到着後、ぶらぶらホテルを探して建物に入ったところ間違って新聞社に入ってしまった。
にもかかわらずちょうど退社してきた人が声をかけてくれてホテルまで案内するよと目のまで色んなホテルに電話してくれ、挙げ句の果てにはホテルまで車で案内してくれた。スリランカ人はどこまで親切なんだ。

そして昨日Colombo観光を楽しんだ後、新聞社の彼とディナーに行こうと誘われていたので彼のオフィスへ。どうやら彼はディレクターらしい。スタッフはみんなオフィスのテレビでクリケットの試合を観戦中。


すると彼はもう少し仕事があるんだ。一緒に行こうとなぜかぼくと恋人は新作テレビドラマ「DST」の発表会場へお供する。
彼は座ってるだけじゃつまらない。写真を撮ってくるといい。そうだ質問してこい。と茶化してくる。顔は茶化してないのだけど内容がおかしい。その上どんなドラマ?と聞いても彼は知らない。なんて答える。なんだこれ。なんかのドッキリか?とすら思う程謎の展開。


俳優さんや女優さんたちのコメントが終わると食事会。フリーで食事と酒を頂いた。
周りの記者から日本の記者ですか?とたくさん質問される。そらそうだ。どう考えたっておかしい。

食事をしながら彼から友人がGalleの近くにホテルを建てようとしている。デザインできる?と聞かれof course。と答える。その場で3案ほどスケッチを描く。So Lovelyなんて言ってくれた。明日またメールを送ることを約して散会。どこまで彼が本気なのかはわからないが、とにかくすごい展開だ。

他の内容は後日アップ予定。


7日目 Anuradhapuraでひったくりに遭った

Anuradhapuraの遺跡巡りを自転車でしていた。
人気のない遺跡からの帰り道、後ろを走っていた恋人の叫び声が聞こえた。
その瞬間恋人の赤い鞄を持った250CCくらいのバイクがぼくを抜いて行こうとするところ、乗っていた自転車をすぱっとバイクめがけて横滑りさせてぼくはジャンプ。
彼がバイクから落ちたところ鞄を取り返す。
そこからバイクで脅すような姿勢を見せるも本気で暴力を振るって来る風でもなかったので、周りの誰かに聞こえるよう大きな声を出したら彼は逃げて行った。がそれでも仲間を呼んできたりしたらと思いすぐにその場を離れ街を目指して事なきを得た。なにも盗られなかったけど怖かった。

他の内容は後日アップ予定。しました


6日目 Dambula(Kandalama)→Sigiriya→Anuradhapura(Anuradhapuraya)
朝5時半起床。まだ辺りは暗い。
ひとまずロビーに行って7時半まで読書。その後レストランで食事をとる。
6Fにあるレストランは6Fであることで得られるタンクの眺望と同時にここが6Fであることを忘れさせる程の植物の繁茂。心地いい。
食後またプールに行き1時間程泳いだり本を読んだり。
部屋に戻りスケッチ。やはりログハウスのような野暮ったさがある。

12時チェックアウトし昨日お願いしていたトゥクトゥクのお兄さんに迎えにきてもらいDambulaのバスステーションへ。道中お兄さんは必至にこれからぼくらが目指すSigiriyaまでトゥクトゥクで行くべきだ。と進めてくるが、お金がないのとバスで地元民とのコミュニケーションが楽しいので断る。しかしそれでもバスステーションのSigiriya行きのバスの前まで案内してくれる親切さ。気持ちがいい。


Sigiriya Rock前まで1時間強のバス。40ルピー。
世界遺産のSigiriya Rockについて詳しくはウィキペディアで。入り口で3800ルピー払うのに驚いた。いくらなんでも高い。

どうしてこんなものをつくりこんなところに住んだんだ!?という興奮と身体の疲労が続く断崖絶壁の岩の頂上に作られた都市?とその岩の前につくられた庭園?を巡る。頂上にはかつては壁が存在していたであろう棚田状に構成された名残が、周囲に広がるジャングルとの対比でこれぞ遺跡!感満載。これは行く価値あり。









サンダルとバックパックを背負って登ったため、脚がへろへろ。降りてからも脚が震えていた。また5時半のバスでDambulaバスステーションまで戻り、すぐにAnuradhapura行きのバスへ乗る。冷房が効いていて疲れた身体に気持ちいい。到着までの間1時間程眠る。

Anuradhapura新シティーのバスステーションで降車し、ホテルを探す。1500ルピー(おそらく1000ルピーくらいでもある)ですぐに決めて部屋でライオンビールを飲み始める。外で飲もうとテラスへ出ると別のスリランカ人のお客2人が泊まっていて彼らに混じって飲む。よく唄い踊り笑う。一緒に踊り唄う。お酒もご馳走になる。食事までご馳走になる。最高の夜になった。彼らも眠そうになったところで12時過ぎ解散。火照った身体に冷たいシャワーを浴びて就寝。