永岡武人(1984〜)の北京(2010〜)→成都(2014〜)での建築設計事務所勤務生活雑記
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北京に帰って来た ブログ更新
朝8時起床。
シャワーを浴び、豆乳を飲みパンを食べる。
9時から陝西省の住宅の話をして、お父さんは寝ていたのでお世話になったお母さんに挨拶をし、混雑を予想し早めに10時タクシーを拾い成都空港に向かう。
11時空港に着き手続きを済ませ、ホールで読書。13時、予定より40分遅れで離陸。

15時北京着。国内線は手続きが少なく楽だ。
地下鉄に乗り16時過ぎ帰宅。家の電気が切れていて支払いにすぐに行き、荷物の片付けをし、家の掃除をし休憩。18時過ぎ丸亀製麺に夕食を食べに出かける。
その後家で休憩し、成都/陝西省滞在中のブログを更新。陝西省の3日間を書いたところで力尽きる。また明日更新したい。

更新分のリンクを貼っておきます。ぜひご覧ください。
(更新日時も明日調整します)



成都6日目 汶川地震の被災地に行く
朝7時半起床。
すぐに準備をして家族そろってお出かけ。目的地は2008年に怒った汶川地震の被災地「映秀鎮」と「水磨鎮」。成都から車に乗り約1時間半で目的地に到着。山の中だ。恋人のお父さんは地震後、復興計画に携わっていたので色々と聞く。


着いて驚いた。日本で知っている復興計画とは大きく異なり、復興計画=観光地化。人口12,000人の映秀鎮の半分の方が亡くなり、震災前には農業人口が50%いたそうだが、今ではどうだろうか。震災後2年で今の状態まで建てられたそう。復興計画の概要がパースと共に掲示されていた。


↑右の写真は被災前の写真




映秀鎮を見学の後、水磨鎮に向かう。
こちらはチベット族が全体の半分ほど占める集落(看板にもチベット語が書かれていた)。映秀鎮と同様観光地化されている。地形にそって建てられた一部の建物はチベット族風に「仕上げ」られ、アミューズメントパークのような雰囲気すらある。
いくつか(確か3つ)の建物タイプが計画され、住民が選び、内装は好みで行う。確かに3タイプあれば街らしく賑やかな街並みにはなっていた。考えさせられるのは、つまりはタイプのバリエーションではなく、内装にとどまらずそこにどれだけ手を加えられるか。これは建築の担保する部分もあるけれど、計画の段階による部分が大きいと思う。暮らしと建築。







どちらを見ても思うのは日本に比べ格段に早い計画と実行。各被災地と北京市などの非被災地を組み合わせて計画が行われたそうだけど、これは確かに理にかなっていると思う。山の上から大きな岩が落ちて来たり、よく言われる手抜き工事による建物の倒壊などで壊滅(全ての建物が壊れたと聞いた)状態にあれば他所からの力を頼らざるを得ない。一方で、あまりに計画を急ぎ過ぎてそこに生活を感じない(復興を急ぐのを否定している訳ではない)。もちろん洗濯物が干してあったりはするのだけど、住民の元の暮らしが全く想像できず、観光地で土産物屋をやるべしという計画にのっかり、やったこともないだろう土産物屋をやりどこの観光地でも見られるようなものが店頭に並べられている(もちろん特産品も扱っている)。果たしてどこまで息は続くだろうか。ぼくが見たのは住民のほんの一部にすぎないのだけど、とてもじゃないけど地震多発地域における復興には思えない。ある意味では今後も地震が起きるから、その都度観光地としての知名度は盛り上がるかもしれないけれど。

ちなみに、広東省仏山市とのタッグによる水磨鎮の復興計画を紹介する看板には『"Global Best Practices" magazine of Habitat Goverming Council of th United Nations as "The World's Best Examples of Post-Disaster Reconstruction", was awarded the title "Quolity Cultural Tourism in China" 』と紹介されていた。



16時、家に帰着。
その後もんもんと考える。
いつ寝たかはもう忘れてしまった。


成都5日目 劉備のお墓に行った
4時10分起床。
まわりより少し早く起きてトイレに行ったり歯を磨いたり。寝るまでは陝西省を走っていた電車も成都に入りスピードが上がっている。ボイスメールが流行っていてこれがまあうるさい以外は快適に過ごせた。
5時過ぎ成都駅着。駅前でタクシーを拾い値段交渉をして4人相乗りで家に帰る。
6時前帰宅。4日ぶりのシャワーを浴び、少し仮眠をとり8時起床。

朝食を食べ、天府広場から延びる南北軸の南側にあるSlicedPorosityBlock(来福士広場という商業施設)を見学に行く。スティーブン・ホール設計。


当代MOMAの直後の設計で発展版。山のような建ち方というのか、OMAっぽくもあり隈さん設計の三里屯SOHOのような王澍設計の寧波博物館のような建ち方のような。
元々はザハに設計依頼をする予定だったらしいけど、ちょうどホールがプリツカー賞を受賞してホールに依頼がいったとか
(130305追記 つるちゃんからのコメントでホールはプリツカーを受賞していないことが発覚しました。凡ミスでした。真相も気になってしまう)。




↑王澍っぽいと言えばぽい。

↑成都の天気(曇りがち)では水がゆらめき室内に反射するというような効果は期待できない。


写真を撮っていると警備員に写真撮影は禁止だと言われこっそり撮り続ける。
当代MOMAより大分施行精度が低く、粗が見える。
巨大な商業施設は街のような多様性だとかなんだとか複雑にせず、シンプルな方がいいのではないかと幾つかの現代商業施設に行き思った。ぼくの中では隈さん設計の三里屯VILAAGEは空間的には成功していると思うけど、人は多くはない。

見学後、李白か杜甫に関連したどこかに行こうかと思ったけど少し遠かったので、蜀国の劉備のお墓に行くことに。成都は蜀の国。
行ってみるとお祭り騒ぎで大変な混雑。



↑真ん中のこんもりしている山が劉備のお墓。

↑他にも孔明が鎮座していたり。

お墓に手を合わせて、園内を散策しあまりの人の多さに退散。
帰り道、前回成都に来た時に発見した素敵な坂に寄り、帰宅。



17時頃帰宅し、棒棒鶏をつまみにビールを飲みながら恋人と陝西省の旅の話をする。
19時夕飯。
引き続き旅の報告をし23時就寝。


陝西省3日目 成都に戻る
炕(カン)が暑くて何度も目が覚める。明け方には燃えるものもなくなったのか音戸も程よくなり熟睡。朝7時起床。炕の中でうとうとぼーっとしながら昨日見たものを反芻する。



8時離床。
顔を洗い歯を磨く。水道がないので瓶から水を汲んで行う。地下20〜30mの地下水を電動ポンプで汲み上げているのだそう。ちなみに2泊3日、まだお風呂には入っていない。こちらの人は滅多にお風呂に入らないそうで、村の中にも公衆浴場的なものも見当たらない。聞いてみると少し南に行ったところにある商店街に銭湯のようなものがありそこでシャワーを浴びると言う。乾燥しているためぼく自身そんなに不快ではないけど、鼻に染み付く炕の匂いだけが悩み。

庭に出て家を眺めていると室内の天井の高さと建築の屋根の高さに大きなずれがあるのに気づく。屋根裏があり物置として利用していた。これはこの辺一帯で普及した建築の使い方。ただ不便じゃないだろうか。少し散歩。



11時までまたお客さんがやって来ては話をする。とは言っても訛りがきつくほとんど聞き取れない。11時過ぎ宝鶏市の駅に向け出発。お世話になった家族と挨拶してお別れ。ネットで予約してある電車のチケットを受け取りにお店に寄るも20分程列に並んだ後閉店。慌てて直接駅に向かい受付時間2分前ギリギリでチケットを受け取る。2時間前までに受付を行わないといけない。
駅近くのお店で餃子を食べ、缶ビールを購入し駅の中へ。ここで成都からここまで連れて来てくれたおじさんたちとお別れ。
15時36分宝鶏駅発成都行きの電車をホールで待つ。誰かのケータイからガンナムスタイルがエンドレスで流れて来てここでiPhone解禁、音楽を聴き始める。15時40分、予定より4分遅れで乗車し成都に向け出発。





卧铺という寝台車の3段ベッドの一番下の席。想像していたものより近代的な作りで快適に過ごす。21時頃まで車内で読書をしながら、缶ビールを飲み就寝。


陝西省2日目 村を歩き回る
農歴での新年、朝7時半起床。
朝から臊子面を食べる。食べても食べても供され結局朝から5杯も食べてしまう。
便意を催し、外にあるトイレで用を足すも始末の方法が分からずあたふた。穴が掘られていてそこに用を足したらスコップですくった土を上からかける。そしてこれが肥料になる。



9時頃またぞろぞろと若い人たちが家にやってきて食事をとり始める。どうやらこの家の娘さんの友達らしい。何かお手伝いをしようと家の中を掃き掃除しようとしたら慌てて止められる。農歴1月1日は掃除をしてはならないらしい。神様的なものも外に追い出すということだろうか。

10時前村から東に15km行ったところにある法門寺に初詣?に出かける。車中から見える姿は霧がかかっていてなんじゃこりゃ巨大なものは!?と期待を抱かせるものだったのだけど、近くまで行ってみると2009年にできたばかりのヘンテコ建築だった。どうしてお寺がこんなにお金を持っているのか不思議。





この辺一帯の人がお参りに来ている。参拝中一緒に写真を撮ってくださいと女の子から頼まれたのだけど、誰かと間違えたのだろうか。

14時前帰宅。水を少なめに炊いた白飯と昨日の残りの魚などを頂く。
家の近くで山羊?羊?を見かける。ご馳走になるのだろうか。トラックの荷台に載ってお出かけする村人たち。




16時前車で別の村にある親戚の家に向かう。お爺さんに挨拶をし30分程庭で話をしたり写真を撮り、皆はまた別の家に向かう。ぼくも家を出て1時間半程測量と周辺状況の確認。こちらの村は家の前にトイレがない。聞いてみると外に捨てていると言うがそれらしいものは見かけなかった。
この辺の農村は、畑があり家々が点在しているタイプのものではなく、集団でまとまって住んでいる。一方で塀で自分の敷地を強く囲っている。作業スペースなど共有の場があまり見当たらない。




泊めてもらっているおじさんの家まで30分程歩いて帰る。18時半帰宅。まだ陽は完全には沈んでいない。
家にやってくる人たちはぼくが日本人だとわかっても気軽に話してくれるけど、外をぶらぶら地図を書いたり測量したり写真を撮りまくっているとさすがに変な目で見られるので内心ビビっている。すれ違う際に挨拶をして多少の安心感を得ようとする。

晩ご飯はスープの中にご飯が入ったもの、饅頭などを頂く。1日3回面を食べると聞いていたのでさすがに飽きるかもと思ったけど、気を使ってもらったのか色々な料理を食べられた。

一日歩き回って疲れたので21時前床に着く。北京を離れて初めて白酒を飲まなかった。
60才前くらいのおじさん夫妻はパソコンでシューティングゲームをしている。ネットはないと聞いていたけどパソコンを持ってくればよかった。


成都4日目 陝西省の農村に行く
朝5時起床。5時半家を出てタクシーを拾い待ち合わせ場所のホテルに向かう。
6時恋人のおじさんの車に乗せてもらい成都発。2月9日〜15日まで無料化されている高速道路にのり、サービスエリアに寄りながら15時陝西省西安着。



途中阿房宮の看板を見かけながら更に1時間ほど車を西に走らせ16時過ぎ恋人の父方の実家に到着。道中色々なものを見かけた。800kmも大陸を移動しているのだから当然か。

恋人は成都に残り、ぼくとおじさんたちだけで陝西省のとある農村にやって来た。不思議な状況だけどみんな優しく迎え入れてくれる。



水道がないので桶にくんだ水で手を洗い、早速陝西省名物の臊子面を9杯頂く。
食後の運動をかね周囲を散歩。村の入り口には村の人たちが使う自家製セメント工場がある。東側一帯に小麦畑がひろがり、南に行ったところには大きなセメント工場がある。村の中には区画された各敷地を塀(正確には壁)で囲んだ住宅が並び、道に面するファサードのみモルタルやタイルでお化粧が施されている。
家の外にトイレが並び、鳥や羊や豚の声が爆竹の音と共に聞こえる。






19時宴席の開始。中国のとある小さな農村でとある日本人が中国の大晦日を楽しんでいる。ここでもたくさんの料理と白酒を頂く。もう誰なのかまったくわからない人たち(ぼくが客人なのだから当然なのだけど)がどんどん家の中に入って来ては白酒白酒。若い人はほとんどいないと聞いていたけど、半分はぼくより若かった印象。

皆で春晩(セリーヌ・ディオンが出てきてタイタニックを歌っていた)という紅白歌合戦のような大晦日の定番番組を見ながら年越し。と思ったけど、飲み過ぎで22時過ぎ、炕(カン)と呼ばれる韓国のオンドルと同じ仕組みの暖かいベッドで就寝。


成都3日目 お墓参り
朝7時起床。豆乳を飲み包子を食べ8時出発。
親戚一同集まりお墓参り。ぼくも中国式の作法でお爺さんお婆さんに挨拶させてもらう。

 
(↑三途の川の渡り舟賃的なことだろうか、黄色い紙はお金を意味する。他にも紙で出来た服やケータイなどが燃やされた。)

11時家に帰り、さてもうこれからは皆で飲んで食べて。途中長期戦に備え運動のためバトミントンをしに出かけ、帰りに爆竹を購入し、準備万端ぼくが火をつけ、みんなが家の中から応援してくれる。迫力あって楽しい。








道すがら鶏やダックを見かける。春節のご馳走なのだろう。棒棒鶏屋さんも見かけなんだかシュール。

家に帰り第2ラウンド。白酒を親戚に挨拶しながら飲む飲む。いい白酒なので悪酔いはせずついつい飲み過ぎる。途中からバーをやってるおじさんの差し入れでどこか外国のビールを飲み始め、すでに酔っぱらい。ぶっ倒れてはいかんと思いご飯も大量に食べながら食べても食べてももっと食えもっと食えとおばさんたちに薦められ、もう食べれない。と言うのにもっと食えもっと食え。美味しかった。


お爺さんお婆さん、親戚一同で写真撮影。
愉快だった!明朝6時出発陝西省行きに備え24時過ぎ就寝。


成都2日目 コールハースの息子に出会う
朝8時起床。
朝食を頂き、10時半恋人の家族と一緒に家を出てバスで街中へ出かける。
1年半ぶりの道や街角でもすぐに思い出し、この角を曲がるとあの感じ、というのが繰り返される。
少しデパートで買い物をし、11時半からまた親戚4名集まり、計7名で火鍋を食す。魚肉がメインでさっぱり美味しかった。


昼から更に高級そうなデパートでのみんなの買い物について行く。恋人のお母さんと伯母さんの2人がいるとあれがいいこれがいいとかなり賑やか。
途中見かけた靴のブランド(UNITED NUDE)が建築っぽいデザインだと恋人と話したりして、結局購入したんだけど、帰って今調べてみるとコールハースの息子レム・D・コールハースのブランドでびっくり。元々建築を学んでいたようで納得。成都でコールハースの息子デザインの靴を買うなんて不思議。店員はイギリスのブランドだと言っていたけど正しくはオランダ。


17時お母さんたちと別れ、スタバで休憩してから18時恋人の高校の同級生たちと食事。火鍋。
気の知れた友達と話す言葉は北京で聞く言葉と全然違いいわゆる成都話。まったく分からない。みんな外国に留学していたり勤務していたりエリートだ。
恋人の友達は可愛い女の子が多いのだけど、街中で見る限り成都は可愛い女の子が多いとよく聞く話はぼくの中では迷信。

22時前、前回来た時にはまだなかった地下鉄2号線に乗り帰宅。陝西省の住宅のことを親戚と話す。これから内容をまとめ、また明日話すことに。街中では既に花火がフライングであがり始めている。まちきれない、そんなモチベーションなのだろうか。


成都1日目 白酒を飲み過ぎた
昨日火曜日
朝8時起床。
8時半劉さんから打ち合せしたいとの電話あり。しかし午後から成都に行くので送ったPPTを見てもらい電話で連絡をもらうことに。

11時朝暘門の丸亀製麺に行きうどんを食す。
今回は成都から更に陝西省にも行くのでスーツケースではなくバックパックに荷物を詰め込み14時前出発。途中忘れ物に気づきタクシーに引き返してもらい、手続き締め切りの1分前のぎりぎりで空港着。予定時刻を30分遅れて16時半フライト。
19時半頃成都空港に到着。

(写真を撮っていると係員に撮るな!と怒られた)

恋人のお父さんが迎えにきてくれてその車で家まで30分のドライブ。
成都は北京に比べ15度以上も暖かく、到着時の気温は17.5度。コートを着ていると汗ばむくらい。
家に着くとお母さんにご挨拶。早速お父さんと白酒を飲み始める。高級そうな白酒(52度)でついつい飲み過ぎ2人で一瓶(500ml)を空け、食後すぐに眠りにつく。